母乳育児とクル病予防;日光浴とビタミンD
大阪市立十三市民病院 小児科 平林 円
母乳には赤ちゃんの健やかな成長に必要な多くの栄養素と赤ちゃんを様々な感染症から守る免疫物質が含まれており、お母さんの乳がんや卵巣がん、糖尿病を予防し母子関係にもよい影響があることから母乳育児は世界中で推奨されています。
ビタミンDは腸からのカルシウム吸収を高めるなどの作用があり、赤ちゃんの骨の発育に必要です。ビタミンDは母乳から摂取する量だけでは不足しますが、日常生活の中での日光浴によって皮膚で十分にビタミンDが生成されるようになっています。けれども十分な日照の得られない環境ではビタミンDの不足による骨の石灰化障害としてクル病が発症することがあります。
日光浴による皮膚でのビタミンD生成が不足する状況としては、長期入院など外出機会の無い場合、日照時間の少ない冬期の高緯度地方での生活、紫外線を避ける特別な衣服の着用、日焼け止めクリームの過度な使用などが考えられます。1日15分程度の掌や二の腕の日光浴または日陰で30分程度過ごすことで十分な量のビタミンDが皮膚で産生されます1が、どうしても十分に日光浴のできない場合にはビタミンDの補充摂取が必要です。赤ちゃん用のビタミンDサプリメント2も市販されています。ビタミンDは食品ではキクラゲやウナギなどの魚類に多く含まれますが、食事から摂取されるだけではビタミンDが不足するのは、成人でも赤ちゃんと同じです。
日光に含まれる紫外線は皮膚でのビタミンD生成に必要ですが、皮膚のタンパク質に障害を与え加齢変化や皮膚がんの原因にもなります。人類はその生活する場所での日照の時間や強度に応じて、皮膚や頭髪の色素の量がビタミンDの産生量や皮膚障害への抵抗性が最適になるように、日照の強い赤道付近の低緯度地方では黒い肌に黒い縮れた頭髪、日照時間が少ない北極に近い高緯度地方では白い肌に金髪、そして中緯度地方に暮らす私達は季節に合わせて皮膚の色素の量を調節する能力を進化の過程で身に付けてきました。しかし、近年は移動が盛んになり、高緯度地方に住む黒人ではビタミンD欠乏症、低緯度地方に住む白人で皮膚がんが多発するなどの問題が起こっています。
米国では様々な人種が本来の居住地から移動してきたため、クル病を予防するためにすべての赤ちゃんは、1日400IU(国際単位 40IU = 1μg)のビタミンDを補充摂取し、ビタミンD強化人工乳を始めるか、1歳に達するまで継続するように勧奨しています3。
日本人など有色人種は白色人種に比べて紫外線の影響を受けにくいことがわかっていますので、日本人が日本に住んで普通の生活をしている限り、赤ちゃんも成人も過剰に日光を避ける必要はないと考えられます。日本は紫外線による皮膚がんの発生が世界で最も少ない国の一つで、皮膚がんの多いオーストラリアなどとの比較で、罹患率で100分の1、死亡率で20-40分の1程度です。日光浴と皮膚で産生されるビタミンDには、カルシウム代謝の他にも、うつ病や統合失調症、アレルギーの予防、感染免疫の強化、大腸がんなどの予防、血圧の低下など健康に対する効果が報告されています。
日照による紫外線暴露を過剰に恐れることは、赤ちゃんのクル病だけでなく成人の健康を維持していく上にもマイナスになります。お母さんの適切な食生活と母乳育児と日光浴が赤ちゃんの健やかな成長に必要ですが、ビタミンDが不足するような日照不足の環境ではサプリメントの活用も考える必要があります。
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